アルコールの基礎知識

アルコールの吸収と分布

アルコールは胃ではゆっくりと吸収され、小腸に入ると速やかに吸収されます。そのため胃から小腸への排出時間が速いと、どんどん血液に入って血中アルコール濃度が高くなります。

食事の有無やアルコール飲料の種類と飲み方によって、胃からの排出時間が異なるため、血中アルコール濃度も異なります。
たとえば同じ量の純アルコールでも、食事しながらビールを飲むより、空腹時に高濃度少容量のウイスキーや焼酎をストレートで飲むほうが血中アルコール濃度はかなり高くなります。

このような理由から、アルコールは食べながら飲むことや薄めて飲むことが推奨されるのです。

胃潰瘍や胃がんで胃を切除した人もすぐにアルコールが小腸まで流れ込むため、ビール1缶相当の飲酒実験では胃切除前に比べて血中アルコール濃度が約2倍になると報告されています。

アルコールは体内の水分のある所に拡散して分布します。
女性は男性と同じ量のアルコールを摂取すれば血中アルコール濃度が高くなります。
肝臓の大きさにも個体差が大きく、飲酒後の血中アルコール濃度の個人差が大きい背景です。

汗をたくさんかいたり、水をたくさん飲んだりすると、アルコールが速くぬけると勘違いしている人もいます
確かに、わずかな量のアルコールは呼気(0.7%)、汗(0.1%)、尿(0.3~4%)からも排泄されますが、代謝のほとんどは肝臓で行われます。

アルコールの代謝

アルコールはアルコール脱水素酵素(alcohol dehydrogenase; ADH)とミクロゾームエタノール酸化系(microsomal ethanol oxidizing system; MEOS)によってアセトアルデヒドになり、アルデヒド脱水素酵素(aldehyde dehydrogenase; ALDH)によって酢酸になります(図)。ここまでは主として肝臓での代謝ですが、酢酸は筋肉などの肝臓外の組織で主に代謝されます。

肝臓の代表的なADHは、1A・1B・1Cの3種類の酵素でアルコール代謝の主役です。ADH1Bには遺伝子多型があり、5~7%の日本人はアルコールの分解が遅いADH1Bを持っています。
非アジア系民族では90%以上がこの型です。

この遅い代謝のADH1Bがあると、多量に飲酒した翌日もアルコールが長時間残って酒臭いことが多く、アルコール依存症になりやすい体質です。
日本のアルコール依存症患者さんでは約30%の人がこのタイプです。長時間アルコールが残るだけでなく、アセトアルデヒドをゆっくり産生するので、顔面紅潮、動悸、嘔気、頭痛などの不快なフラッシング反応が起きにくいことも、多量飲酒者になりやすい理由です。

もう一つのアルコール分解酵素群のMEOSでは、習慣的な飲酒を続けていると、特にチトクロームP4502E1(CYP2E1)と呼ばれる酵素が増えてきます。
習慣的に飲んでいるとアルコールに強くなって飲めるようになる主な理由は、脳での耐性が進んでアルコールが効かなくなるためですが、もう一つの理由がこのCYP2E1が増えてアルコール代謝が速くなるためとされています。

ADHはほろ酔い濃度で酵素の働きが最大になりますが、CYP2E1の働きは酩酊濃度(1mg/mL以上)で最大になります。習慣的な多量飲酒者では、酩酊濃度でのアルコール分解速度が速くなるのです。
しかし、CYP2E1は数日の休肝日で酵素量が減り、1週間も飲まないともとに戻ってしまいます。このように、同じ人でもアルコール代謝の速度が速くなったり遅くなったりします。

一般的には1時間で分解できるアルコールの量は「体重×0.1g程度」とされていますが、以上の説明からわかるように、酵素の遺伝子型に加えて飲酒習慣によっても代謝速度は大きく異なるので、酒好きの人の代謝速度は予測困難です。

ALDHのうちALDH2と呼ばれる酵素には、東アジア人に多い遺伝子多型で酵素活性がゼロか弱い人が大勢います。
このALDH2欠損型の人はコップ1杯のビールで顔が赤くなるフラッシング反応が起こり、比較的少ない飲酒量で二日酔いを起こします。
両親からの遺伝子が2本とも欠損型(ホモ欠損型)の人は、酵素活性がゼロで酒が飲めない下戸の体質です。1本だけの欠損型(ヘテロ欠損型)では、フラッシング反応が弱い人や飲んで鍛えているうちに耐性ができて飲めるようになる人もいます。

アルコールの神経への作用

酔いの効果は血液中のアルコール濃度によって変化してふたつの相から成ります。

アルコールの血中濃度が低濃度であれば抑制がとれて活発になりますが、ある程度の濃度を越えると逆に鎮静効果の方が強くなって小脳の機能が低下し、呂律が回らない・まっすぐ歩けないといった運動機能の障害がみられるようになり、さらに濃度が高まると意識障害を起こして死亡します。

多量飲酒は脳に障害を及ぼし、時には脳の委縮を促進させます。とりわけ思考、自発性(やる気)、感情、性格、理性などの機能をつかさどるヒトでもっとも発達した前頭葉が障害されやすいのです。
長期の多量飲酒はアルコール性認知症になりやすいと考えられています。

アルコールの睡眠への影響

アルコールは寝つくまでの時間を短縮させます。そのためにアルコールを寝酒として使う人もいます。

しかし就床1時間前に飲んだアルコールは、少量でも睡眠の後半部分を障害することが知られています。

つまり、寝つきは良いのですが夜中に目覚めてその後なかなか眠れないという現象がおこります。

また就床前のみならず就床6時間前に飲んだアルコールも睡眠後半部分の覚醒度を上げることが知られています。

健康的に飲む

アルコールの適量とは

日本酒換算で1日1合程度、多くても2合まで

平均1日2合を超える飲酒者では、様々な健康障害を引き起こしやすくなります。
長期的にみると脳卒中や肝硬変を起こす率が高くなります。

適量の飲酒なら大丈夫というのは、健康障害を引き起こしていない方にあてはまることです。
たとえばすでに肝臓病になっている人や肝機能が低下している方、血圧の高い方は飲酒を極力控えなくてはいけません。

日本酒一合換算

酒量を減らすには

  • マイペースでゆっくり飲む
  • 食べながら飲む
  • はしご酒は控える
  • 家にお酒の買い置きはしない
  • 休肝日をもうける
  • 自分からは誘わない

休肝日をもうける

毎日飲酒していることは、それだけ胃や肝臓に負担がかかっていることになります。
週に2日はお酒を飲まない休肝日をもうけることがおすすめです。

一般に肝臓がアルコールを処理するスピードは、平均すると1合あたり約3時間と言われています。

たとえば3合飲酒するとそのアルコールの処理には9時間かかり、翌朝にアルコールが残ってしまうことになります。就寝中でも肝臓は休みなく働いていることになります。

アルコールによる健康被害

肝臓病

アルコール性肝障害は一般的に飲酒量が多いほど、飲酒期間も長いほど進行しやすいのですが、若年の肝硬変や、女性の中には比較的少ない飲酒量で短期間に肝硬変になる人がいるなど、個人差や性差が大きい病気です。

はじめに起こるのはアルコール性脂肪肝で、飲みすぎれば多くの人に発生します。一部の人はアルコール性肝炎になり、まれに重症化して死亡することもあります。

わが国では、明らかなアルコール性肝炎の既往なしに肝臓が線維化して硬くなる肝線維症が多く、さらに飲み続けると肝硬変へと進行します。アルコール性肝障害の早期発見と、そうならないような飲み方が大切です。

すい臓病

急性すい炎

症状は上腹部(お臍の上の辺り)の激しい痛みで始まり、次第に痛みが強くなり数時間後にピークとなります。また背部痛も比較的特徴的な症状です。

痛みと同時に吐き気や嘔吐を伴うことが多く見られます。この他、食欲不振・発熱・腹部の張った感じ・軟便や下痢もみられることがありますが、全く症状の無い場合もあります。

重症のすい炎では上記の症状の他、ショック症状として意識の低下・血圧の低下・頻脈・チアノーゼなどが見られ、死亡する場合もある恐ろしい病気です。

治療としては飲食を禁止し、薬物療法としての鎮痛剤・たんぱく分解酵素阻害剤・輸液などの投与、重症では抗生物質の投与、外科治療なども行なわれます。

病院で治療を受け治癒した後に、再び過量の飲酒を続けていると何回も発作を繰り返し、その結果すい臓が破壊され慢性膵炎となります。

慢性すい炎

慢性すい炎ではすい臓の線維化や、外分泌(膵臓から腸に消化酵素を分泌)や内分泌(膵臓から血管にホルモンを分泌)の機能低下が起こります。

慢性すい炎の症状として急性すい炎の症状のほか、外分泌機能の低下による体重減少・脂肪便(便が水面に油のように広がる)・食欲低下・全身倦怠感などの症状や、内分泌としてのインスリンの分泌機能低下による糖尿病となり、その結果としての口渇・多尿なども見られることがあります。

慢性膵炎の診断には、腹部超音波検査や腹部CT検査・ERCP(内視鏡的逆行性膵胆管造影)検査・MRCP (磁気共鳴胆膵管画像)検査があります。

治療法として、腹痛の治療には痛み止めを、再発・進行予防にはたんぱく分解酵素阻害剤を、膵臓の外分泌機能の補充には消化酵素薬を投与します。内分泌機能低下である糖尿病の状態ではインスリンの治療が必要となります。

循環器疾患

適量の飲酒は循環器疾患に保護的に働くといわれています。過度の飲酒は逆に循環器疾患のリスク因子になります。「節度ある適度な飲酒」を守ることが肝要です。

消化器疾患

アルコールと食道

逆流性食道炎

アルコールは胃の内容物の食道への逆流を防ぐための下部食道括約筋を緩めたり、食道の蠕動運動を低下させて胃酸の逆流を引き起こします。
ゲップ、胸やけ、胃もたれ、のどの違和感などの症状を認めます。

マロリーワイス症候群

嘔吐を繰り返すことで食道に圧が加わり、食道下部から胃の入り口の粘膜が裂創をつくり出血します。
症状は吐血ですが重篤にはあまりなりません。

食道静脈瘤

アルコール性肝硬変になると、肝臓に入れない血流が食道に流れ込み静脈瘤を形成します。
時に破裂して大量の吐血や血便を認め、命にかかわることがあります。

アルコールと胃・十二指腸

急性胃粘膜病変(AGML)

アルコール摂取が大量・高濃度なると、胃酸による自己消化を防ぐ胃の粘膜防御機構が壊れ、また直接的に胃粘膜障害が起こり、浅い潰瘍やびらんが多発します。
腹痛や吐血・血便・嘔吐などの症状が現れます。

胃潰瘍・十二指腸潰瘍

急性胃粘膜病変と同様に飲酒者に発症しやすく、喫煙とともに、ピロリ菌感染とは独立した危険因子として知られています。

門脈圧亢進性胃症

アルコール性肝硬変になって門脈圧が亢進すると胃が上部を中心にうっ血し、しばしば表面から出血をおこし貧血の原因となります。

アルコールと小腸、大腸

下痢

アルコールを大量に摂取すると、水分や電解質の腸から体への吸収が悪くなり、水分と電解質の排出量が増えます。さらに脂肪の分解・吸収も低下し、下痢を起こしやすくなります。

吸収障害

アルコール依存者では食事の偏りに加え、ビタミン吸収障害がみられるため、ビタミン欠乏による脳症・貧血・末梢神経障害・貧血などが起こります。

大腸ポリープ

アルコール長期大量摂取者は、大腸ポリープができやすいと言われています。食生活の偏りなどの関係が考えられています。

 痔核

アルコール摂取により、血液のうっ滞がおこり悪化しやすくなります。これに下痢が加わると症状は強くなります。アルコール性肝硬変になると門脈圧亢進に伴い直腸に血管が生じ、痔核となります。

糖尿病

適切な飲酒による適量のアルコール摂取は、糖尿病の発生を予防する可能性があります。
具体的には1日あたり20~25g程度のアルコール摂取が糖尿病の発生を抑えるとされています。

しかし度を越した過剰なアルコール摂取は高血糖を来たし、それは同時に脂質異常症や高血圧などと相まって脳血管障害・虚血性心疾患の危険因子となります。

糖尿病は自覚症状がなく、気づいたときには進行している病といわれます。
適切な飲酒量と定期的な健康診断を心がけましょう。

脂質異常症

トリグリセリド(中性脂肪)の増加につながり、高トリグリセリド血症を招いて急性すい炎のリスクを高めます。
一方、いわゆる善玉コレステロールであるHDLコレステロールもアルコール摂取量の増加にともない増加しますが、過度のアルコール摂取は肥満や高血圧を引き起こすため、適量にとどめたほうがよいでしょう。

メタボリックシンドローム

生活習慣病のリスクの高い飲酒量として、男性1日平均40g以上、女性20g以上とし、そのような飲酒者を減らすことを目標としています。
また一般的に、週に2日間程度の休肝日を入れることも推奨されます。

アルコールは高エネルギー物質

糖質ゼロを売りとした飲料が人気ですが、アルコール自体が1gで7kcalの高カロリー物質です。
9%の缶チューハイ500mLのアルコール分だけで250kcalになります。
ちなみに炭水化物は1gで4kcal、脂肪は9kcalです。

アルコールと生活習慣病

飲酒は少量から血圧を上昇させ、量が多くなるほど血圧上昇が起こりやすいことが知られています。そのため、飲酒量の増加とともに脳出血のリスクが上昇します。

脂質異常症との関連では、飲酒により中性脂肪が増加することがよく見られる現象です。

糖尿病は少量飲酒で発症リスクが少し低く、多量飲酒でリスクが上昇する傾向があります。

がん

アルコールがリスクとなる「がん」

WHOは、飲酒は頭頸部(口腔・咽頭・喉頭)がん食道がん肝臓がん大腸がん女性の乳がんの原因となると認定しています。

アルコール飲料中のエタノールとその代謝産物のアセトアルデヒドの両者に発がん性があり、少量の飲酒で赤くなる体質の2型アルデヒド脱水素酵素の働きが弱い人では、アセトアルデヒドが食道と頭頸部のがんの原因となるとも結論づけています。

アルコールの発がん性

アルコールとアセトアルデヒドには発がん性があり、このふたつの酵素の働きが弱い人が飲酒家になると頭頸部・食道の発がんリスクが特に高くなります。

頭頸部・食道のがんは1人に複数発生する傾向がありますが、飲酒と喫煙とは相乗的に多発がんの危険性を高め、さらにアルコール分解酵素であるALDH2の働きが弱いと特に多発がんが多くみられます。

コップ1杯のビールで顔が赤くなる体質が、現在または飲酒を始めた最初の1~2年にあった人では、約9割の確率でALDH2の働きが弱いタイプと判定されます。飲酒に加え喫煙と野菜果物の摂取不足も同部位の発がんリスクを高めます。

飲酒量と発がんリスク

乳がんについてはエタノールで10g(5%ビールなら250mL)増加するごとに7.1%リスクが増加します。

大腸がんはエタノール換算50g(5%ビールなら1250mL)で1.4倍程度のリスクとなります。
大腸がんは頻度が多いので飲酒量を減らすことによる予防効果は大きいと予想されます。

肝臓がんの最大の原因はC型・B型肝炎ウイルスへの感染と肝硬変ですが、飲酒も原因のひとつです。

膵がんでは多量飲酒がリスクとなります。

胃がんではALDH2の働きが弱い人の多量飲酒リスクを高めることがわかっています。